そらち★ヤマの記憶だより

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「てくてく美唄炭鉱」に参加しました【前編】

2017/05/21 [Sun]20:05
category: 炭鉱の記憶
5月14日(日)、アルテピアッツァ美唄さんによる、
「てくてく美唄炭鉱 ‐東美唄フットパス編‐」に参加してきました

今回は北見、小樽、北広島などから、15名が集まりましたよ。
マネジメントセンターからは、らいだぁと、ぼーいっしゅが参加。
アルテピアッツァ美唄に集合し、てくてくスタートです

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東美唄地区は、大正2年に開坑した飯田美唄炭鉱を、
三菱合資会社が買収して、大正4年に三菱美唄炭鉱が開かれた地域。
美唄川の谷山沿いに、石炭産業施設や炭鉱住宅街が発展し、
当時従業員やその家族など、約4万人が炭鉱に関わって生活をしていました

最初に訪れたのは、昭和34年完成の、旧栄町会館。

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お父さんが三菱美唄炭鉱で職員をされていたという、アルテの藤原さんが、
この会館で初めてバレエを見たのだそうです。
収容人数は500人、客席は1人掛けのシートという、当時の一流館をしのぐほどの立派な設備でした。
「生活に明るさを持ち、いきいきとして欲しい」という三菱の考えのもと、
従業員や家族に、文化活動やスポーツ活動支援が進められたそうです

美唄川を渡り、東明駅へと向かいます…

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近くには、架け替えられた橋の土台が。昔は栄町会館からすぐの場所に橋がありました。


東明駅は、昭和23年建築。
美唄鉄道の駅として開駅し、三井と三菱の炭鉱住宅があった地域の最寄り駅として、
当時およそ3万人の足として親しまれました。
ときには20両以上の石炭を積んだ貨車が、黒い煙を上げながら美唄駅へと向かう様子は、
石炭産業の象徴とも言われたそう。
しかし、東美唄の炭鉱閉山にともない、昭和47年に美唄鉄道の廃止により廃駅となっています

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この日は、東明駅保存会のご協力をいただき、駅舎内を見学できました

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長栄堂、タケマツ、阿部呉服店、どれも現役営業しています!

なんとこの日は、駅員室側も見せていただきましたよ
発車時刻表…始発は遅いけれど、終電もけっこう遅くまでありますね
藤原さんによると、「終電後は石炭車が通る時間だったような…」とのこと。

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操業当時の貴重なものが、そのまま残されています…

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これは…?切符入れでしょうか

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駅舎内を見せていただいた後は、駅舎の裏手にある、
4110形式十輪連結タンク機関車へ。

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この機関車は、美唄鉄道のために特注で作られ、
美鉄開業から廃線の日まで、美唄鉄道を走り続けました。
運転士の間では「水を入れたり扱いが難しいが、いざとなると頼りになるSL」と言われていたそう
現在は美唄市指定文化財となっています。

それでは、美唄鉄道の線路跡(現在はサイクリングロード)へ入ります。

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左右にはホーム跡が。3車線だったそうです。

これから我路駅までおよそ3.7kmを歩きますよ~
風が涼しくて、なかなかのフットパス日和です♪

しばらくサイクリングロードを歩いていると、
左手側に大きな漏斗型の原炭ポケットが見えてきますよ。
こちらは、三井美唄炭鉱第2坑選炭場跡

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川向いの滝ノ上から索道を通って運ばれた石炭は、ここで選炭され、
その後ズリは原炭ポケットの裏手の山へ運ばれたそう。
は盤の沢神社近くの山ですが…上から二つ目の稜線あたりに、そのズリ捨て線があったのだそう。

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その後は、盤の沢神社を目指します。
神社は高台の上。けっこう傾斜が急な石段を上がっていくと…
山の神様が祀られている、盤の沢神社が。
後ほど、商いの神様が祀られている我路神社も出てきますので、違いを比べてみてくださいね

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東美唄地区は、炭鉱が操業されていた地域。
盤の沢神社は、炭鉱の安全を守り、炭鉱街の暮らしを守っていました
敷地内には馬頭観世音の碑も。
鉄道が普及する以前、運搬などの手段となった馬を祀っています

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盤の沢神社を後にして、再びサイクリングロードへ。
周辺では露天掘りが行われており、道の脇の排水路のような水流には微粉炭を見ることができます。
美唄川も、炭鉱操業当時は真っ黒だったそう

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空知の様々な地域で、炭鉱まちではこのような川の微粉炭をすくって、燃料として使った家庭もあるそう。よく「沈粉(チンプン)」という言い方でお話を聞きます!
その沈粉を使えば…もちろん燃料代はタダです

そして、ホーム跡が見えたら…
盤の沢駅に到着ですよ!

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盤の沢駅は、大正14年に、滝の沢発電所従業員のために開設されました。
滝の沢発電所は、盤の沢駅から美鉄線路を挟んで反対側(川側)に位置し、
なんと三菱美唄の全山の電気を供給していました
美唄川沿いにはびっしり炭住が建ち並んでいたといいますが、
そのどの家も電気代は無料だったのだそう

そして盤の沢駅まで来ると…
およそ1.7kmで我路へ。

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ここからも見どころたくさん…なのですが、
ちょっと長くなるので、また後日に【後編】をアップいたします

なにしろ、10kmのフットパス 折り返し地点にもまだ着いていません
この後も、てくてくは続きますよ~

(ぼーいっしゅ)
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明成中学校のフィールドワーク

2017/05/14 [Sun]23:50
category: 炭鉱の記憶
岩見沢市立明成中学校からのご依頼で、今年も万字線沿線フィールドワークのガイドをやってきました

1年生 55名、学習のテーマは…
「昔の岩見沢(旧国鉄)を学ぼう」
(炭鉱と鉄道と街の繋がりを知る)

「昔の岩見沢を調べる事を通して、新たな課題をたてよう」、という事で、
まずは、元町人道橋から。
ここでは夕張通り(現在の中央通り)、最初の駅がここにあった…という話、
そして、2台のバスにらいだぁとOLがそれぞれ乗車して岩見沢と炭鉱と鉄道のつながりを…

次は、朝日炭鉱!!

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前日が雨だったので、ちょっとぬかるんでます💦
でもみんな頑張って、草の中を進みます~

朝日炭鉱の本坑へ向かう、連絡坑口です!!
坑内水が出ているのでこれ以上は近づけないのですが、
この奥に、「朝日本坑」と書いてあります。

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屋根の部分は、歩ける通路になっていたそうです!

駅舎内には、かつての朝日炭鉱の様子のパネルを展示しておきました。

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数名の生徒が某新聞記者さんからインタビューを求められていました
中学生のみんなには、「炭鉱」「石炭列車」など、想像するのが難しいと思いますが…、
どのように伝わったでしょうか‥??


朝日炭鉱の次は、美流渡の炭鉱住宅、毛陽にある北炭の鉄塔を車窓し、
万字駅へ!!

現在は簡易郵便局として使われている、駅の裏から階段を下ると…

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ホームの跡が残っています

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万字線が廃線となったのが昭和60年の事…。
以前はここから、多くの人々が汽車に乗って岩見沢方面へ向かっていったのですね…


短い時間でしたが万字線沿線のフィールドワークで、何か考えさせられるようなものが残ったでしょうか…

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赤レンガホールで昼食の後は、昔の地図を手に駅周辺の街並みを見学して、
日の出にある明成中学校まで、歩いて帰ったそうです


まちの今・昔を見て、考えて、
自分たちの住んでいる岩見沢について、もっと知りたくなるといいなと思います

皆さん、
一日お疲れさまでした



(OLでした)

札幌でも見られる、大夕張の記憶

2017/05/12 [Fri]19:12
category: 炭鉱の記憶
今日の北海道新聞空知版をご覧になりましたか?
マネジメントセンターでは、大夕張の写真展
「そらち炭鉱遺産の入口
−湖底に沈んだ大夕張に代わって炭鉱と出会うキッカケ−」

が開催中なのですが…
現在、札幌でも大夕張の絵画を見ることができるそうです

「佐々木辰雄 油彩画展」

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作者は、大夕張出身の佐々木辰雄さん。静物や風景を写実的に描く洋画家です
佐々木辰雄さんのHPを見ると、大夕張の風景が描かれた作品を、いくつか見ることができます。

例えば…絵画作品「わが町の源」。
センターで展示中の、三菱大夕張鉱業所の門が写されたこちらの写真と、
偶然同じ構図で描かれていました。

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「鹿島中心一番地」という作品には、大夕張郵便局の昔の様子が描かれています。
ちょうど、森戸さんが撮影したこちらの写真にも大夕張郵便局が…
時代が違うため、ポストの形なども比較できましたよ。

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やはり、印象的な建物や場所は、こうやって様々な絵画や写真の被写体になるんですね~

HPで見られる作品のうち、何点が会場に展示されているかは分かりませんが…
展示されている大作「大夕張鹿島」は、夕張市へ寄贈されるとのこと。
ひとつの「炭鉱の記憶」として、多くの人の目に触れる機会が増えるといいですね

会場は、大丸藤井セントラル7階の、スカイホール

(札幌市中央区南1条西3丁目)

会期は5月14日(日)までです。
札幌へ行く機会がありましたら、ぜひご覧ください

(ぼーいっしゅ)
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奔別の特別公開は明日まで!唐松駅も開いてますよ♪

2017/05/06 [Sat]16:55
category: 炭鉱の記憶
連日、多くの方にご来場頂いている、奔別炭鉱。
いつも催事のときに来場くださる堀江さんが、今回の公開時に撮影した写真を送ってくださいました

20170504奔別(堀江さん撮影)

この撮影スポットは、立坑とホッパーが一緒に写せるうえ…
晴れた日には、こんな風に水たまりに映る遺構郡がとっても美しいのです
堀江さん、素敵な写真を、どうもありがとうございます

さて、奔別の特別公開は、いよいよ明日7日が最終日
時間帯は11:00~15:00に行っていますよ。


そして、せっかく奔別まで行くのなら…最近冬季閉鎖を終えて開放中の、
幌内線 旧唐松駅にもぜひお立ち寄りください♪

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唐松は、明治38年に住友唐松炭鉱が、昭和6年に北炭新幌内鉱が開坑された地域。
まだ草木が少ない今時期は、道路脇から、山側のホッパー遺構などが見えますよ

幌内線 唐松駅は、開駅と同年の昭和4年に住友炭鉱(株)の要望により運炭を開始しました。
翌昭和5年から一般輸送を開始しましたが、炭鉱の閉山により貨物輸送量は減少し、
昭和62年の幌内線の全線廃止に伴い閉駅となっています

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現在は、駅舎の近所に暮らし、駅の管理を行っている木村さんと、
有志の仲間たちによる「美観運動」により、人が訪れられるよう整えられ、
このように開放されています

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駅舎の中には、昨年の「そらち炭鉱の記憶アートプロジェクト」のときに、
唐松にゆかりのあるみなさんから寄せられた、幌内線が通っていた当時の写真を展示させていただいています。

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7月頃に「美観運動」を行うまでは、ひとまずこのまま展示させてもらえる予定です

ホーム側から見下ろすと、線路の姿はありませんが、鉄道が走っていた面影を見て取ることができますよ。

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鉄道は、各炭鉱で生産された石炭を運ぶための重要な手段
奔別炭鉱から引き込み線が敷設されていたのは、幾春別駅との間ですが…
現在駅舎は解体され、石碑が残るのみとなっています

現存する駅舎から、ぜひ当時の雰囲気を感じてみてください。

(ぼーいっしゅ)
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住友奔別炭鉱 ゲートの開放は7日まで

2017/05/03 [Wed]23:21
category: 炭鉱の記憶
今日はあたたかな岩見沢
桜も咲いていますね~
(ところで、みなさんの思う「岩見沢の桜の名所」ってどこでしょうか?)

今日は写真展「そらち炭鉱遺産の入り口」をご覧に、お客さんがご来館くださいました
「大夕張の写真なんですよ」とご案内すると、
おお~という反応が返ってくることが多く…やはり強く印象に残る場所なのですね!

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今日ご来館いただいたなかには、大夕張でかつて、牛乳の移動販売を行っていたという方が

「まちには炭鉱の生協のようなお店があるから、その通りを歩いていると、
『ここでは(外からの移動販売の商品は)売れないんだよ』と言われることもあった。」
「でも、まちの人たちは、『いいよいいよ』と言ってくれたんだ」
と、大らかな当時の炭鉱まちの様子を話してくれました

なんでも、社宅アパートでは、牛乳が飛ぶように売れた日もあるのだとか
牛乳以外の商品の移動販売を行っている業者さんも来ており、
その業者さんたちとタイミングがかち合わなければね…とは仰っていましたが、
「子だくさんの炭鉱の奥さんたちが、一番買ってくれた」という様子から、
当時の大夕張の豊さがうかがえます

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また、会場2階の、現存する空知管内の炭鉱遺産134ヶ所の写真も、大変好評です。
「こんなに網羅しているのなら、本にしてほしい!」という声もいただいています
チェックシートの○印に応じて、ポストカードかコーヒー1杯プレゼント!も、
引き続き行っていますので、ぜひチャレンジしてみてくださいね

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そして…
その現存する134ヶ所の炭鉱遺産の中のひとつ、住友奔別炭鉱のゲートを今日から開けています!!
通常は立入できない場所からの写真撮影や、石炭積み出しホッパーの内部見学が5月7日までできますよ〜
※立坑は立入禁止です。

時間帯は11:00~15:00
敷地内のコンテナで受付をしていただいたうえで、
見学可能な範囲を自由に歩いていただけます!

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今日一日の4時間だけで、約65名の方がお越しになりました
「なにやら大きな建物が見えて…」
「たまたま通ったら開いていたので入りました」
‥という、偶然来た方が多い中で、このような人が…

「かつてこの奔別炭鉱で働いていた」との事‥!!
住友の奔別炭鉱、赤平炭鉱で職員だったそうです。
現在は本州で暮らしているそうで、10年ほど前にも一度ここへ来て、遠くから立坑を眺めて帰られたそう。
「今日は近くで見られて良かった」と仰っていました。

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さらにお話を伺うと、奔別炭鉱時代、ドイツへ行ったそう!
なんと‥「ドイツへ渡った炭鉱マン」のおひとり
第3次隊で、ハンボルンの炭鉱へ行っていたという、関口さん。
お時間ができましたら、ぜひまたいらして頂き、当時のお話を聞かせてほしいです

他にも、旦那さん、お父さんが奔別炭鉱で働いていたという、ご家族、
お祖父さんが、夕張の炭鉱で働いていたという、ご家族…。

なぜこの場所で、このような事をしているのか…、私たちの取組みをお話させて頂くと、
皆さん、帰り際に、「頑張ってくださいね」と、声をかけて下さいます。
嬉しいお言葉です…

明日も天気が良さそうです
いい出会いがまだまだありそうです…


(ぼーいっしゅ/OLでした)