そらち★ヤマの記憶だより

あなたの知らない空知の情報をお届けします!

21日(土)は「ぷらぷら美唄」

2017/10/20 [Fri]13:52
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
「ぷらぷらまち歩き2017」は残りあと3回になりました

21日()ぷらぷら美唄

28日()ぷらぷら滝川

29日()ぷらぷら三笠

これまで12回開催してきて、参加回数が6回、7回、という常連さんが5名ほどいらっしゃいます。
予約不要、誰でも参加OK、参加無料、というところが気軽に参加できていい!
知らない事がたくさんあって勉強になる!!という声を頂いております

皆さま、いかがですか


まず明日、美唄をぷらぷら…
「我路の原風景~マイ・ウェイ~」

ご案内は昨年に引き続き、美唄はこの方…、
美唄青年会議所理事長で美唄市経済部振興課職員、
佐藤政直さん

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※昨年は樺戸道路周辺をご案内頂きました!

今年は我路地区を歩きます
昭和34年当時のマップや懐かしい写真を見ながら我路地区をぷらぷら歩き、今と昔を比較していただくことで我路の原風景を感じていただきたいと思います。

ぷらぷら歩き終了後には、有志で「美唄焼き鳥」を食べに行きませんか~??というお誘いもありそうですよ
美唄焼き鳥のルーツ、歴史も聞けそうです

日時:10月21日(土) 13:00
集合場所:美唄国設スキー場の駐車場
住所:美唄市東美唄町番町
地図⇒こちら


明日ですよ~

(OLでした)

11/4炭鉄港セミナーのご案内!

2017/10/14 [Sat]17:24
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
10月12日(木)付けの北海道新聞夕刊をご覧になりましたか?
『魅力再発見 北海道遺産』という連載で、
空知の炭鉱関連施設と生活文化を取り上げていただきました

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気になる方は、ぜひセンターで全文ご覧ください~!

記事の中では、当NPOの取り組み(今年度のぷらぷらまち歩きなども)についても
紹介していただき…
「ヤマの記憶を後世に伝えようとしているこうした活動は、
足元に眠る『黒いダイヤ』が形を変えて、
地域を再発見し輝かせる役割を担っているのではないか」
と、お褒めの言葉もいただきました

北海道遺産協議会さん、素敵な記事を書いていただき、ありがとうございます

さて、そういった記事に後押しされるように、
産業遺産への関心が高まるなか、
11月4日(土)炭鉄港セミナーが開催されます
主催は、空知総合振興局です。

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炭鉄港とは…
道央圏で開催される様々な催事を、
空知の石炭室蘭の鉄鋼小樽の港湾というテーマで結ぶことにより、
今日の北海道を築く基礎となった三都のつながり
クローズアップする取り組みのこと

今回は…赤平市の炭鉱遺産にスポットが当たります。
札幌発着または岩見沢発着の貸し切りバスに乗り、
旧住友赤平炭鉱立坑櫓および、自走枠工場の見学会を行いますよ

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また、赤平市交流センターみらいにて、セミナーを開催!
セミナーは以下のような2部構成となっています

①尚古集成館 松尾千歳 館長の基調講演、
「港鉄炭から炭鉄港へ」というテーマは、一体どのようなお話になるのでしょうか?

②空知の炭鉱遺産に様々な関わり方をする5名による、
パネルディスカッション


パネリストは、
・石川成昭さん(NPO法人炭鉱の記憶推進事業団理事、土木遺産選考委員)
・萩佑さん(NPO法人北海道遺産協議会事務局長)
・原田唯史さん(夕張市地域おこし協力隊、石炭博物館再生プロジェクト実行委員)
・三上秀雄さん(赤平コミュニティガイドクラブTANtan代表、元住友赤平炭鉱マン)

コーディネーターは、りじちょーこと吉岡宏高
…という豪華な面々です

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平成30年には北海道は命名150年を迎えます…
このセミナーが、「炭鉄港」に関連する道内の産業遺産を活用した地域づくりなどについて、
考える機会になるはず。

施設見学会とセミナーへご参加の場合は、定員80名。
参加料は、お一人様1500円(昼食代、保険料込)です。
こちらは、現地まで貸し切りバスにご乗車いただき移動します。

セミナーのみご参加の場合は、定員70名。
参加料は無料です。
セミナーのみご参加の場合は、開始時間までに直接会場へお越しください。
※なお、施設見学会のみの参加はできないそうなので、ご注意ください

詳細やお申込み方法については、掲載チラシをご覧くださいませ。
お申込みフォームはこちらです

空知管内だけに限らず、様々な地域から、
多くの方のご参加お待ちしております

(ぼーいっしゅ)
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今週末のぷらぷらは、上砂川と岩見沢♪

2017/10/12 [Thu]10:30
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
「ぷらぷら歩き2017」も残りあと5回
毎回楽しんでくださる常連さんがわりと多いのですが、場所によって、初めての方も多くいらっしゃいます
ぜひ、ご参加いかがでしょうか

今週末、まず14日(土)は上砂川

集合場所である「かみすながわ炭鉱館」は…
10月までの土・日のみ見学できる炭鉱の資料館で、主に上砂川炭鉱関連のものが展示されています。

「かみすながわ炭鉱館」入口には坑夫の像。
見つめる先には三井砂川中央立坑櫓

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三井砂川炭鉱はメタンガスの湧出量が多く、発破採炭では危険があるため、ガス爆発等の少ない水力採炭を昭和39年から採用していました。

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外には、水力採炭自動モニター、鉄製炭車などが展示されています

今でも残る、坑務所跡にある標語塔。

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この辺りの「上砂川の炭鉱の記憶」を巡ります…
案内役はらいだぁの酒井裕司さんです!

日時:10月14日(土) 13:00
集合場所:かみすながわ炭鉱館駐車場
住所:上砂川町本町北1丁目1−3
地図⇒こちら




そして…
15日(日)は「岩見沢」
「シュプンベツをめぐり開拓の頃に想いを馳せる」
志文をぷらぷら歩きます

ご案内役は平野義文さん!!
※以下、平野さんのHPより

志文駅は明治25年の室蘭線開通時は駅がなかった。しかし、美流渡を結ぶ軽便馬車鉄道を繋いだ地。
その後、万字線との分岐点として栄えた地。

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駅の跨線橋をよく見ると・・、

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岩見沢駅でも見覚えのあるカーネギー社の古レールがあったり、貴重な過去の隆盛を感じることができます

また、志文は元々はシュプンベツというアイヌ語(ウグイのいる川)を元に、「土」に志した人々が、自分たちの子供世代以降は「文」に志すものがでるだろう!などとあてた漢字で志文。

その命名者は、開拓当時から今なお見ることのできる原生林を意図的に残した辻村直四郎さん。
その娘は「馬追原野」で第一回樋口一葉賞を受賞した岩見沢が誇る作家、辻村もと子さん。
見事に文を極めた方です。

今回は特別にこの原始の森の中も歩くコースに入れさせていただいています。
尚、築約100年になる、直四郎さんの邸宅であり、もと子さんの生家である住宅は外観の見学のみとなりますが、超間近で見られるとても貴重な機会です

日時:10月15日(日) 13:00
集合場所:志文駅駐車場
住所:岩見沢市志文本町一条4丁目
地図⇒こちら


※このぷらぷら岩見沢は、「岩見沢イベントスタンプラリー」の対象にもなっています

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シールを集めている方もどうぞ~!!


皆さまのご参加、お待ちしております

(OLでした)

ぷらぷら万字のご報告!

2017/10/07 [Sat]15:09
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
10/1(日)は、万字をぷらぷらしてきました

万字炭鉱が閉山して41年。
現在の万字には炭鉱関係施設や賑わいをみせていた商店街の建物とか、歴史的な建造物がほとんど残っていません…。
そんな万字のまちを歩くぷらぷら企画に、どれだけの参加者があるかな…
と、思っていたら、47名もの参加者がありました
万字には、人々の心を引きつける何か、がありそうです…!!

ご案内役の溝口雅明さんが、とても詳しく当日の様子を書いてくださいました
文章、写真、そのまま転載させて頂きたいと思います。
参加できなかった方も、万字を歩いた気分になれますよ~


■イベント名  ぷらぷら歩き 万字・万字炭山
テーマ「閉山41年目、懐かしの万字・万字炭山~限界集落の今と昔」
■日 時  2017年10月1日 日曜日。13時スタート、2時間行程。
■集 合  万字仲町簡易郵便局前広場(旧 国鉄万字駅舎)。
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ぷらぷら歩き 万字・万字炭山 報告--1
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快晴の秋ばれに恵まれ、楽しく語らい、町の歴史と今を勉強しました。
参加者数・・・なんと47人。

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万字地区人口は50人を割っているので、ほぼ街の人口と同数の人たちが全道各地から車で集まり、街を2時間散策しました。

NPOそらたん事務局長の北口博美さんが手伝いに来てくれました。名簿カードやスタンプカードが足りなくなることを心配するほど、予想外の参加者の多さでした。
事前打ち合わせでは、「他地区のぷらぷら実績でも、7-8人か、多くても20名以内です」とのことだったのですが、なぜか、2014年10月の第1回万字ぷらぷらも60名以上集まりました。なんでこんなにたくさん来てくれるんでしょうね。

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私が12:30に集合場所の万字仲町郵便局前広場に行ったら、すでに10台以上の車が。
13:00が近くなるにつれて、車も人もどんどん増える一方でした。広場が狭くなってきたので、急遽呼びかけて、車を少しずつ前側に移動してもらい、スペースを空けました。それでも停まれない車は、道路の両脇の路肩に停めてもらいました。

まさか、この広場の駐車場が満杯になるとは思いもよりませんでした。
私が用意した「地図と行程表、年表」(B4表裏)は、50枚しかなかったので、連れのいる参加者にはグループに1枚でお願いして配布しました。20枚の用意じゃなくて50枚で良かったと思いました。

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13:05には、主催者の北口さんの挨拶とガイドの溝口の挨拶でスタート。私は、口の達者な「グチグチコンビで頑張りましょうね」と北口さんに言ったら、彼女は「それよりは、グッチーズのほうが恰好いいでしょう」ということになりました。

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1914年(大正3年)の万字線の開通と市街地の形成、発展などについて説明。
歩きながら、高崎商店(呉服、洋品)の跡地を写真で説明。
溝口商店(現、ジン鍋博物館)で、女性と子供のためのトイレタイムを15分ほど取りました。

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万字八幡神社、教員住宅、万字診療所跡などを説明。
曙橋の前で、万字線の路線と道路の交差している「旧踏切」「見張りの坂」の場所と昔の現場写真を見てもらい、坂を下って曙町へ。
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栗沢町役場万字支所の建物を補修・改修して2年前に札幌から移住してきたA山夫妻の住居前を通り、曙町市街地を抜けて、万字炭山駅へ。
コンクリートや石造りの建物が少しだけ残っています。

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万字炭山駅舎は、2012-2013年の大雪の時に屋根が落ちてしまい、危険なので持ち主が解体撤去してしまい、コンクリの土台跡だけ残っています。

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往時の姿を写真パネルで見てもらいました。

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選炭場、ホッパー跡、ズリ山公園の説明をして、駅前の「聖橋」を渡り、急な坂道を60メートルほど上がって、寿町へ。

ここは、炭住長屋を改装して住んでいる人もまだ残っていて、いくつかの長屋が昔の外観のまま残っている地区です。
小学校、中学校、ポンネの湯の鉱泉引き込み小屋の説明をして、3代目英橋の手前まで進みました。
道道38号線なので、休日の好天で万字にしては結構な交通量ががあり、「車が通ります---、気を付けてください」の声を何度もかけました。

<つづく>
※写真提供 参加者の溝口春美さん(札幌市)。感謝。

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ぷらぷら歩き 万字・万字炭山 報告 --2
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【佐々木昌美さん(90歳)のお話】
3代目英橋の手前の家に、グッチーズの北口さんが駆け込んで、体格の良いご老人を我々散策隊の前に連れてきてくれました。

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佐々木昌美さんです。年齢90歳(たぶん、亡くなった私の叔父と同級生といっていたので)。万字生まれ万字育ち。41年前の1976年、万字炭鉱閉山時の労働組合書記長だった方です。万字炭鉱の歴史を誰よりも知っている古老です。

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寿(ことぶき)町、英(はなぶさ)町の昔の様子・盆踊りの派手さを他の炭鉱町と競った話、初代英橋(1921年、吊り橋)、2代目英橋(1937年、北炭の資材を使ったコンクリート橋。3代目の眼下にまだ残っています)、そして3代目英橋(1969年、道道38号線として竣工)の思い出などをしっかりした口調で語ってくれました。記憶力も素晴らしい。

2016年9月22日には、NPOそらたんの「閉山40年 万字炭鉱写真展」で講演もしてくれて、面白い話がたくさんありました。佐々木さん、ありがとうございました。いつまでも健康でいてください。次の「ぷらぷら」の時にも力を貸していただきたいと思います。

【英橋の不思議な光景】
英橋からは不思議な光景が見られます。
ポンネベツ川の深い谷間に掛かっているのですが、2代目の橋が壊されずにまだ残っているのです。
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中型トラック一台がやっと通れる道幅で、通行路面には草や木が好き勝手に生えています。しかし、コンクリートの橋脚はしっかりとそれを支えて、沢にそびえたっています。

1937年の完成から80年、放置されてから48年。3代目英橋の上から見る光景も不思議なのですが、沢に降りて真下から2代目・3代目を同時に仰ぎ見ると、それはもう言葉を失う風景です。

今年61歳の私が、中学1年生の時に3代目が竣工したので、その当時も中学校の行き帰りに下から仰ぎ見ていましたが、草や木が高く繁ってからの数十年後の風景はまったく違った世界に見えます。

参加者の皆さんも欄干の右側(沢の下流)、左側(上流)とポイントを変えて、写真を撮っている方が多く見られました。
5月の炭山祭り(11-12-13日)の頃には沢いっぱいに山桜が咲き、10月中下旬には綺麗に紅葉します。
季節の良いときに、是非また訪ねてみてください。

【万字会館跡、山神社】
英橋を渡ると左側には映画や演劇・歌謡ショーなどの掛かった「万字会館」(400席ほどありました)の跡地、右側には「炭鉱病院」の跡地。ともに写真での説明です。

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さらに進むと、道道38号線の左側に「山神社」の小さなお社があります。閉山前は中学校横の埋め立てた沢の小高い山腹に在ったのですが、維持管理が難しくなり、2000年を過ぎてから炭住長屋の跡地に移転されました。

炭山地区には炭住街の「炭山神社」と坑口にある「坑口神社」、そして万字市街地区(商業・農業・林業など炭鉱従事者以外の人々)には「万字八幡神社」と3つの神社がありました。

【英公園跡、万字交通センター】
さらに100メートルほど行くと万字交通センター(市役所連絡所、出張診療所)、コミュニティーセンター(公民館)などがある広場です。閉山前は、「英公園」という大きな広場があって、盆踊りや祭りの出店、子どもたちの遊び場になっていた場所です。

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万字交通センター横には、去年までは「万字炭山駅之碑」が置かれていました。本当の駅はこの場所ではないのですが、多くの人が「碑」を見られるようにと設置されていた石碑です。今年の春に来たら、この石碑がまるごと無くなっていたと関係者から聞きました。今も行方不明です。知っている人がいたら、教えて下さい。返してください。

万字交通センターで、2度目のトイレ休憩をしたところで、時計は14時40分くらい。
睦(むつみ)町、巴(ともえ)町、大平(おおだいら、農業地区)町の説明は口頭で簡略して、曙(あけぼの)橋を渡って、万字市街地へ戻りました。

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<つづく>
※写真提供 参加者の溝口春美さん(札幌市)、NPOそらたん 北口さん。感謝。


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10/8のぷらぷらは「栗山町のルーツは角田にあり」

2017/10/06 [Fri]17:03
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
10/8(日)は栗山を歩きます

栗山町発祥の地である角田(かくた)市街にある史跡を巡るぷらぷら歩きです。

栗山町は、かつて角田村という名称でした。
それは、泉麟太郎をはじめとする開拓者の出身地が宮城県角田藩(かくだはん)であったことから名づけられました。

8日のぷらぷら歩きでは、角田村の歴史概要を知ってもらうために、
まず栗山町開拓記念館、泉記念館を見学します

開拓記念館
昭和63年、栗山町開拓100年を記念して建設されました。

栗山記念館1

開拓当時の生活用具、農具、ジオラマなど多くの展示物や資料があります。

こちらは隣にある泉記念館
内部には角田藩や泉麟太郎に関する資料が展示されています。

栗山泉記念館

その後は角田市街に残る、
角田戸長役場跡、
角田渡船場跡、
夕張鉄道角田駅跡、
馬鉄軌道跡、
角田郵便局跡、
泉麟太郎入植地跡、
角田神社を巡り、
角田村から栗山町への変遷の軌跡を見てみたいと思います


開拓初期のころには、物資を運搬するために、どうしても夕張川を渡らなければならず、角田村の渡船場では「夕張鉄五郎」と呼ばれたアイヌの人たちが重要な役割を担ったお話や、
宮城県角田(かくだ)藩出身者の泉麟太郎に因んだ角田村の名称がなぜ、カクダではなくカクタになってしまったのか、
町制施行のときに、なぜ角田町という名称にならなかったのなど…、

面白いテーマが、この角田市街には隠されているのかもしれません…

栗山町に住む方、ゆかりのある方はもちろん、町外からの方もぜひこの機会に角田を歩いて、栗山の歴史をみてみませんか…??

ご案内は元石炭博物館館長、熊谷隆文さんです!!

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※先月のぷらぷら清水沢歩きの時


日時:10月8日(日) 13:00
集合場所:栗山町開拓記念館駐車場
住所:栗山町角田60−4
地図⇒こちら



※開拓記念館(泉記念館含む)は入館料が100円かかりますが、ぜひご入館をおすすめいたします。
よろしくお願い致します