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そらち★ヤマの記憶だより

あなたの知らない空知の情報をお届けします!

安平町のSL

2018/12/16 [Sun]17:15
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
かつての国鉄では、鉄道の駅や関連する施設ができた事で大きく発展した町を、「鉄道の町」として国内で公式に12ヶ所を認定していました。

北海道では2つのまちが認定されました。
1ヶ所は岩見沢

そしてもう1ヶ所は…
追分(現在の安平町

さて、追分の鉄道の歴史は…??

明治22年、北海道炭鉱鉄道(北炭)を設立する際の目的のひとつに、
「空知、夕張、幌内、郁春別等の炭鉱を開発し、室蘭から空知まで鉄道を敷説し、幌内鉄道と連絡して石炭を小樽、室蘭の両港に搬出すること」がありました。

北炭が岩見沢ー室蘭間の鉄道を開業したのが明治25年。
開業時には、由仁、追分、苫小牧、白老、登別、幌別の6停車場がありました。

追分には機関庫もあり、夕張への鉄道も敷設され、「鉄道の町」として発展していったのですね



そんな、追分(現・安平町)には、鉄道の歴史を伝える「鉄道資料館」があります!!

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昭和50年に夕張~追分間を日本で最後に走ったSL(D51241)の、動輪と正面の扉。
昭和51年、追分機関区扇形車庫が全焼し、機関車は焼失しましたが…この動輪と扉は焼け残ったそうです。



ですが…
別の蒸気機関車D51 320が保存されています

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昭和14年11月11日、日立製作所で造られた機関車。

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主に石炭輸送に活躍していたSLです!!

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元国鉄OBの安平町追分SL保存協力会の皆さまが整備されているので、保存状態も良く、日にちによっては機関車を動かしてくれて運転席やテンダー部に乗車できました。

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タブレット!!

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ここに石炭を…!!

蒸気機関車は迫力ありますね。特にD51は大きいし~


この、D51 320ですが…
来年、お引越しされるそうです。

場所は…
来年の4月にオープンする道の駅、「あびらD51ステーション」へ!!


さらに…
今、日本遺産認定を目指している炭鉄港推進協議会に参加していただける事になりました!!

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これはとても嬉しいことです

炭鉄港ネットワークがグ~っと拡がります

JR北海道の車内誌

2018/12/02 [Sun]22:23
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
JRの特急列車に乗車していると、座席前ポケットにある車内誌
岩見沢ー札幌間は30分もかからないのですが、ちょっと読みたくなります!!
気になった記事がある時には、お持ち帰りOK。

さて、11月号と12月号の巻頭特集、ご覧になりましたか

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まず、11月号は…
「創成川イーストと西郷どん」
〜明治維新が息づくまち〜

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北海道開拓に深く関わった薩摩出身者が紹介されています!!
(最初のページだけお見せしますね〜)
読み応えもあり、なるほど〜もあり、しっかりお持ち帰りしてきました!



そしてそして、12月号は…
「炭鉄港が、熱い!」
〜近代北海道の150年の脈動をたどって〜

赤平の三上さんが…!!

JR車内誌はお持ち帰りOKのフリーペーパーなので、そのまま掲載します!
ぜひぜひ、お読みください

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まさに、炭鉄港がアツいです…

《炭鉄港》を訪ねて①−薩摩・仙巌園

2018/11/18 [Sun]17:33
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
りじちょーの吉岡です。
11月4日に赤平で開催した「食のTANtanまつり」で、今年の屋外での大型催事はひとまず終わりです。
これから北海道は急ピッチで冬支度をする時期になりますが、そのようなストーブリーグにこそ、じっくりとご紹介したいことがあります。
それは…《炭鉄港》
空知の炭鉱、室蘭の鉄鋼、小樽・室蘭の港湾、そしてこれら三都を結んだ炭鉱鉄道。かつて日本と北海道の近代化を牽引し、今日の豊かな社会を築くために懸命に走り抜けた《炭鉄港》のストーリーが、いま、あちこちで注目されはじめています。
その《炭鉄港》の証しとも言える、各地に残る産業遺産を、シリーズでお伝えして参ります。


その記念すべき第1回は、北海道ではなく九州鹿児島からのスタートです。


1851(嘉永4)年、薩摩藩主に就任した島津斉彬(1809-1858)は、西欧列強から植民地化されないためには、日本を強く豊かな国にしなければならないと考えていました。
そこで斉彬は、富国強兵・殖産興業政策を推進するために、島津家の大名庭園である「仙巌園」で「集成館事業」を開始します。
これは、日本初の近代工場群で、大砲鋳造のための製鉄や造船を核としながら、ガラス、紡績、電信など様々な産業の育成に挑戦しました。
「集成館事業」は、軍需だけではなく民需にも目配りされていたことが特徴です。それは、斉彬の人々に豊かな暮らしを保証することが最も大切という考えを反映したものであり、ガラス・紡績などの民需産業育成、出版・ガス・教育・医療福祉事業など社会基盤の整備にも力が注れました。
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桜島を借景にした壮大な大名庭園「仙巌園」
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今ものこる御殿は大河ドラマ「西郷どん」のロケでも多用された


現在も残る反射炉跡は、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産となっており、海防の危機感から大砲製造のため国内各地に建設されたうち現存する3基の一つです。
オランダ陸軍ヒュゲニン少将の鉄製大砲鋳造のための書物「ルイク国立鋳造所における鋳造法」を片手に、外国人技術者の指導なしに自力で建造したというもので、西洋技術を取り入れるための試行錯誤の過程を物語るものとして貴重です。
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反射炉の跡
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炉基礎の石垣は河川堤防や橋で多用されてきた技術が生かされている


慶応元年(1865年)に竣工した、日本最古の石造洋式機械工場「旧集成館機械工場」。世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産となっています。
この建物は、島津家の歴史や近代化の取り組みについて解説する博物館として公開されています。
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国の重要文化財でもある
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反射炉と薩摩切子、紡績工場で使われたフライホイール(弾み車)からなるシンボル展示が印象的


サツマイモは、蒸すと雑菌が付きやすく、焼酎造りには不向きな作物であり、サツマイモ伝来後も薩摩では米焼酎が飲み続けられていました。
「集成館事業」では、火縄に代わって衝撃で爆発する雷管を点火に用いる雷管銃を製造しましたが、雷管の製造に必要なアルコールを焼酎から抽出させるために、斉彬はイモ焼酎の量産を命じました。
その際に斉彬は、製法を改良し美味しく飲めるようにせよとも命じたのです。今日、薩摩の特産品となっているイモ焼酎のブームは、斉彬を祖としていると言えます。
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売店の焼酎コーナーではそんな逸話が紹介されている

このほか、集成館事業の動力として用いた用水の取水口(=関吉の疎水溝)や、炭窯(=寺山炭窯跡)なども、世界遺産の構成資産となっていて、「仙巌園」から離れた場所にあります。
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関吉の疎水溝
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寺山炭窯跡

また、島津家の菩提寺である福昌寺があった場所には、島津家歴代当主の墓所があります。ほとんど知られていない史跡ですが、私としてはイチオシの場所です。
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日本の産業革命が島津斉彬の集成館事業によってスタートすると同時に、斉彬が北方防備の必要性を説いたことから、薩摩藩内では北海道開拓の必要性が認識・熟成されます。
明治時代になって、1869(明治2)年に開拓使が設置され、明治政府によって北海道開拓が推進されます。その主体は、黒田清隆を筆頭とする旧薩摩藩士であり、島津斉彬の遺志を継いだものでした。
《炭鉄港》のルーツは、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」と同じ、薩摩にあるのです。

●島津家別邸「仙巌園」 → こちら
●尚古集成館 → こちら
●鹿児島市/世界遺産「明治日本の産業革命遺産」 → こちら

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炭鉄港セミナーがあります!

2018/11/17 [Sat]16:03
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
最近、、、
様々な場所で「炭鉄港」という言葉が聞こえたり目にしたり…

ただ、札幌圏ではまだまだ知名度は低い「炭鉄港」
もっと多くの北海道民に知っていただきたい

という事で…
11月29日、炭鉄港セミナーが札幌で開催されます!

20181129炭鉄港セミナー (2)

講演の第一部は、
炭鉱の記憶推進事業団理事長 吉岡宏高
講演テーマ「炭鉄港が北海道・日本の近代化に果たした役割」
炭鉄港を生み、炭鉄港を育てた、りじちょーが「炭鉄港」を解りやすく紹介します。


講演の第二部は、
そらち応援大使 鈴井貴之
講演テーマ「空知・産炭地域の可能性」
北海道のミスターは空知の赤平出身!!


どんな話が飛び出すか…
ワクワクします


そして後半では、
室蘭から、(一社)むろらん100年建造物保存活用会代表理事 村田正望

小樽から、小樽商科大学グローカル戦略推進センター学術研究員 高野宏康
の2名が加わり、「炭鉄港ストーリー」の魅力をテーマとしたパネルディスカッションが開催されます。


日時:2018年11月29日(木) 14:30~17:00(開場14:00)
場所:かでる2・7 (札幌市中央区北2条西7丁目)
入場無料
参加は事前に申し込みが必要です(定員500名)
空知総合振興局HP


「炭鉄港」の真のストーリーを知り、
さらなる関心と認識を…
深めてみませんか~~??

「食のTANtanまつり」が盛会のうちに終了

2018/11/09 [Fri]18:29
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
りじちょーの吉岡です。

昨日のカニレポートに続く、食のTANtanまつり報告第二弾。
主催者の立場からご報告します。

11月4日(日)に、赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設の周辺で開催した「食のTANtanまつり」。来場者は千人を超え、盛況のうちに終了しました。


催事は「食の…」というタイトルがついていますが、午前中の一発目のプログラムは、《炭鉄港》の真面目なトークセッションからスタート。
「ドイツ−九州−炭鉄港」と題して、美唄市髙橋市長、赤平市菊島市長、道空知総合振興局佐々木局長から、ご自身の経験や思いを交えて、空知で《炭鉄港》を展開する上でのキーワードを出して頂きました。
また、芦別市荻原市長、月形町上坂町長、小樽市加賀産業港湾部長にもご出席を頂き、短い時間で恐縮でしたが、コメントを頂きました。
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日本遺産は手段であって、目的は先人の思いや努力をしっかり受け継ぎながら地域に希望の光を灯すこと。
未来の日本全体に向けては、《炭鉄港》には「すでに起きた未来」という強いメッセージ性がある。
そのために、形のある炭鉱遺産だけではなく、地域で展開したストーリーやドラマ、技や経験といった、形のないものも含めて、足もとにある資源を使ってゆかなければならない。
進めてゆく上では、外の人との交流による気付きや、小さな成功をより大きな輪に拡げてゆく実践の積み重ねが必要。
そうすることによって、停滞した地域に人や知識の動きがおこり、あらたなチャンスが巡ってくる。

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…といった、《炭鉄港》の本旨や展開についてのkeyフレーズが打ち出され、90分のトークは盛会のうちに終了しました。
その後、参加された皆さんは屋台へ。2015年に一緒にドイツへ行った髙橋市長は、「立坑を見ながらビールを飲める。これはまるでドイツのようだ!」と感激しておられました。


続いて、山際にある坑口巡り。
普段は公開していない場所だけに思いもかけない人数が参加し、とても盛り上がりました。
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さらに、赤平市内にあった4炭鉱(住友赤平・北炭赤間・雄別茂尻・豊里)の元炭鉱マンによる思い出を語る会も開かれました。
「今まで心の中に仕舞っていて言えなかったが、今日はじめて話す…」といった貴重な内容も聞けて、やはりオーラルヒストリー(口述された歴史)は、面白いし大切だと実感。
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そんな炭鉱にまつわる催事の合間には、管内各地から出店してくれた「ヤマの味」の屋台で、皆さん楽しんで頂けたようです。
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ステージでは、音楽あり、空知親善大使の鈴井貴之さんのトークあり、クイズあり…と、賑わいをみせていました。
先月までアートプロジェクトの会場だった坑口浴場も公開され、離れた場所ながら多くの方が見てゆかれたようでした。


間もなく雪虫が飛び、北海道は長く厳しい冬に突入します。
今年度最後の催事は、地元の赤平コミュニティガイドクラブTANtanや赤平市役所の皆さんのご協力で、大盛会のうちに終えることができました。ありがとうございました!!