そらち★ヤマの記憶だより

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アルテの「思い出の炭鉱写真展」に行ってきました

2015/08/22 [Sat]18:21
category: 炭鉱の記憶
先日の休館日は、美唄までドライブ
アルテピアッツァ美唄へ行ってきましたよ~!

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アルテスタッフさん達は「石洗いの日」でした。
アルテは「彫刻公園」の空間もひとつの作品・・・。
毎月こうやって維持管理を行っているんですね

さて、さっそくギャラリーで開催中の、
「思い出の炭鉱写真展」

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今年のテーマは「駅」です。

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かつて美唄では、石炭を運搬する手段として、
炭鉱と鉄道が同時に発展していきました。
北海道初の鉄道「官営幌内鉄道」が開通したのは、1882年のこと。
1891年には美唄駅が開通。その後、美唄にあった大中小の炭鉱より
送られてくる石炭の積み出し駅として栄えたと言われます。

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美唄には、こんなにたくさんの鉄道が引かれていたんですね

三井美唄炭鉱のあった南美唄地区には、「国鉄函館本線南美唄支線」が、
三菱美唄炭鉱があった東美唄地区には、「美唄鉄道線」が、
茶志内炭鉱があった茶志内地区には、「三菱鉱業茶志内炭礦専用鉄道」が、
それぞれ開通していました。(現在はいずれも廃線)

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鉄道は、石炭輸送として活躍する一方で、
炭鉱を中心にできあがった町で暮らす人々の、
大切な移動手段でもありました。

展示された写真には、鉄道が美唄の産業や人々の暮らしと、
いかに密着したものであったかが、よくあらわれていました

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資料の一部として、さいとーさんの模型も展示されていましたよ!
こちらは栄小学校。

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三菱美唄炭鉱立坑巻揚櫓。

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そして、新作の沼東小学校
三菱美唄炭鉱の住宅街として栄えた、
東美唄地域の面影となるような三つの模型です

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会場では、美唄各地域の「思い出地図」と「思い出掲示板」も展示。
来場した方が、地図上に自由に書き込みをすることができます

東美唄地区も、こんなに書き込みが・・・!

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「旭台から歩いてプールに行きました」
「昔ここに住んでいました」
「3年生の時に閉山になり、多くの友達を駅で見送りました」


など、お客さんの思い出から、美唄の歴史を辿っていけそう・・・

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「思い出の炭鉱写真展」の会期は、明日8月23日(日)まで。
「思い出地図」を通じて、美唄で過ごした多くの方と、記憶を共有しませんか?

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