そらち★ヤマの記憶だより

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10/12ぷらぷら三笠レポート

2015/11/08 [Sun]19:52
category: 炭鉱の記憶
今日のブログでは、
10月12日に行われた「ぷらぷら三笠」についてご報告します

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この日は、なんと21名のお客さんが来てくれましたよ~
ガイド役は、「ぷらぷら沼田」も担当してくれた伊藤隆文さんです。
伊藤さんのおじいさんは、なんと住友奔別炭鉱の坑内員だったのだそう
そんな伊藤さんに、自身のルーツという奔別地区を案内していただきました

集合場所は、まさに写真のとおり、旧住友奔別炭鉱
奔別炭鉱は、1902年から1971年まで操業されました。
深部開発は1960年代から開始。ドイツGHH(ゲーハーハー)社から技術導入した立坑により、出炭量は飛躍的に増加しました。最盛時は140万トンの出炭量を誇る、大炭鉱であったと言えるでしょう

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伊藤さんによると…
幾春別川を埋め立てて作られたという立坑は、坑口下735mの深さがあり、坑道の最深部は海抜−1,100m
地下には水脈があるのか、春の雪解け水には鉄分が多く含まれており、
ホッパーに続く道が、このように茶色く染まるのだそうです。

こんな風に、伊藤さんはとっても知識が豊富!
お客さんからも「へ~!」という声がたびたび聞かれます

奔別にきたのは初めて!というお客さんも数名おり、
奥行100mにもなる選炭施設のホッパーに驚いていました

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(旧住友奔別炭鉱では、ホッパー周辺のみ、当NPOが委託管理をさせていただいております。
立坑および、ホッパーの裏側にある敷地は住石マテリアルズの所有となっており、立ち入り禁止です。)


このホッパーは、選炭された石炭を貨車に積み込み、幾春別駅へと運ぶための施設でした。
1960年ごろの建設から、50年余り経ちますが、重厚な内部はしっかり残されています。ホッパー内にはレールが3本引き込まれており、輸送された石炭は、その後、小樽室蘭などの港へ運ばれていきました


一行はさらにぷらぷら…
いちど、旧住友奔別炭鉱の敷地を出て、月見坂へと向かいます。

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この通りの一角には、住友のマークがついた倉庫があります
伊藤さんによると、三好商店というお店の倉庫で、
いわゆる”住友奔別炭鉱の御用達”であったため、マークがついているでは…とのこと
(今も住んでいる方がいるようなので、写真は撮っていません

倉庫の前を通り、月見坂を登り始めて…
右手側には、馬頭観音が。

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鉄道が普及する以前、移動や荷運びの手段として利用された馬を祀っている馬頭観音ですが、三笠では石炭の運搬に利用された馬の馬頭観音が、いくつも設置されています。
奔別でも、坑口から幾春別駅まで、かつては馬鉄が利用されていたのだそう

市内では、家庭で祀っている馬頭観音もあると聞いたことがあります。
運搬の役目を終えた馬の、腸を煮込んだ「なんこ料理」なども普及しており、
馬がどれだけ大事な存在であったかが伺えますね。

月見坂からは、左手に奔別立坑が見下ろせます。
そして、右手には一段高く、古い歩道が残っています
「昔はこっちの道を通ったな~」というお客さんもいましたよ

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こんな風に、歩道沿いに、古い電柱(ちょっと短い?)が等間隔に立っているのが見えますよ
よ~く目をこらしてくださいね。

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月見坂を登る途中、砂子組による露天掘りの現場近くにさしかかります。
(露天掘りの現場は、立ち入り禁止です)
その現場へ向かう道路と、月見坂が交差するあたりには、
上方に変電所などの施設跡が見られます。

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月見坂を上がると、奔別小学校幾春別小学校が、
向かい合って立っていたという敷地跡があります
昔は超マンモス校で生徒が入りきらず、低学年と高学年に分けて、
生徒を入れ替えしながら、校舎内での授業を行っていたようです
今回はそこは寄らず…

二つの石碑へ。
三笠13町村の戦没者慰霊碑と一緒に、
住友の殉職者慰霊碑が建てられています。
これは、住友奔別炭鉱と、住友唐松炭鉱の合祀の碑なのだそうです。

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1960年代には、人口6万人を超えていたという三笠。
月見坂周辺をぷらぷらすると、
炭鉱を中心に大きな街が形成された当時の記憶が、
たくさん残されているのが分かります。
そして、馬頭観音や慰霊碑を見ると、自分たちの暮らしが、
たくさんの人々によって切り開かれた先にあることにも、気付かされますね

さて、来た道を引き返し、幾春別市街へ。
幾春別町中島町の炭鉱住宅の通りをぷらぷら~
このあたりには、今も住んでいる方が何人もいるんですよ。

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庭仕事などでおもてに出た方々が、「今日はどうしたの?」「ご苦労様です」と声をかけてくれました!
奔別アートプロジェクトなどのイベントが終わっても、
こうやって地域の方々が気にかけてくれるのは、本当に嬉しいことです

最後は、幾春別駅から繋がっていたという専用線の線路跡を通って、再びホッパーへ。

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ここまで、約2時間かけてじっくり歩きました。
スタッフも、比較的多く足を運んでいる奔別ですが、
ガイドの伊藤さんの説明を聞くと、また違った見え方がしてきます。
いわゆる「ただの廃墟」ではなく、ひとつの記憶や歴史を持った”地域資源”に感じられるというのが、「ぷらぷらまち歩き」の一つのおもしろさだな~と、改めて感じました

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さて、先日11/8で、「ぷらぷらまち歩き 空知13市町村」は全回を無事に終えました
ご参加いただいたみなさん、ガイドのみなさん、ありがとうございました!

今度は、11/14(土)に、「フィーチャリングぷらぷらまち歩き in 室蘭」として、「むろらん100年」さんによる「まち歩き歴建撮影会」の開催を予定しております。
詳しくは、こちらをご覧ください 【むろらん100年 HP】

とりいそぎのお知らせでした。
室蘭では11/29にも、お寺巡りのまち歩きもあるようですので、
また後日、2つあわせてブログでご紹介したいと思います
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