そらち★ヤマの記憶だより

あなたの知らない空知の情報をお届けします!

11/3のぷらぷら砂川、ありがとうございました♪

2015/11/07 [Sat]19:35
category: 炭鉱の記憶
暖かい日となった11月3日(火祝)

炭鉱施設や、特に歴史的な建造物もない、この砂川のコース…
10名集まらないかも…と思っていましたが、
天気になったからね!
アートプロジェクトも終了したので、こちらへ参加した!!
という方が、12時半あたりから、続々とやってきました
お馴染みの会員さんたち、大学生も8名参加で、合計29名さま
おつきあい頂きまして、ありがとうございました

砂川1

平成5年に無人駅となった豊沼駅。
平成24年の一日の平均乗車人数が22人との事ですので、
こんな一斉に駅に集まるとは…ご近所の方も驚かれたでしょう…

砂川1-1

駅の跨線橋から滝川方面を眺めると、ホームの左側に線路があったとわかります。
東洋高圧」へと繋がる専用線があった跡ですね

豊沼をみんなでぷらぷら。

砂川2

今日のメインは、三井鉱山の科学事業を拡大するために設立した東洋高圧工業が、豊沼に昭和14年、進出した北海道工場。

東洋高圧工業は、当初、アンモニア合成工場が操業を開始し、硫安を出荷していました。
その後、世界初の肥料用尿素の生産を開始して、国内外の注目を浴びたのです

砂川4

現在は「北海道三井化学株式会社」です!!

バス停名は「東圧正門」と、そのままです。

砂川3

敷地内は入る事ができないのですが、
今回は特別に、まもなく取り壊される事務所内を見学させて頂く事ができました!

以前、砂川の郷土研究会の皆さんから、上砂川や歌志内の炭鉱見学をしたいので、ガイドを依頼したいとNPOにお話がありました。
その時、私OLが行かせて頂き、参加者のひとり、増山裕司さんにお目にかかりました。
その様子 ⇒ 2013年6月30日ブログ

増山さんは昭和44年に東洋高圧へ入社され定年までいらした方で、砂川市議会議員さんでもあります。
今回の東洋高圧周辺ぷらぷらには、「ぜひご同行頂きたいのですが…」とお願いしたところ、快諾してくださり、東洋高圧の工藤工場長ともお話を進めてくれて、敷地内の立入りを許可して頂いたのです。

砂川5

本当にありがとうございます

こちらが取り壊しになる事務所。
昭和14年の起工式の際、当時の北海道庁長官と東洋高圧の会長が植えたというイチイ(おんこ)の若苗が見事に大きくなってます。

砂川6

重厚な玄関の造り、タイル張りの壁。木の階段…。

玄関を入るとすぐに昭和30年代の当時の写真が飾られています。
昭和31年のピーク時には社員が2540名いたそうです。

砂川7

周辺には東洋高圧社員のための多くの社宅群、娯楽施設、総合病院、配給所、浴場などを建設していったそうです
炭鉱まちと同じですね!

構内のジオラマも見せて頂きました。

砂川9

新十津川出身の私の母(現在70代)に「砂川の東洋高圧って知ってる?」と聞くと、
砂川や滝川、新十津川あたりでは、結婚するなら東洋高圧のひとと!!」と、女性は言われていたそうです。
岩見沢周辺では「結婚するなら炭鉱のひとと!」という話を聞いた事がありますが…
東洋高圧はそれほどの大企業だったのですね

砂川に進出した「東洋高圧工業」。
なぜ砂川の、豊沼だったのか?
炭鉱とどんな関係があったのか?
当初、どのような計画があったのか??
どうして、硫安から肥料製造へ転換していったのか???

う~ん…、ブログでは紹介しきれない事がいろいろあるので、後日まとめたものを紹介したいと思います

事務所見学を終えた一行は、車通りの多い12号線の歩道を歩きます。
途中で橋の下を見ると…

砂川0

豊沼の駅から東洋高圧の敷地へ伸びていた線路跡が確認できました!

道路の反対側には「三井東圧専用鉄道」と書かれたプレートが残っていますよ

砂川9-1 (1)

これは引き込み線の跡です。

砂川11

現在は立入禁止のゲートが閉められてますが、ここから真っ直ぐに引き込み線が入っていたのです。

砂川12

歩道橋を渡る途中、ある写真を見て頂きました。
(29名の大人が全員で歩道橋にいる風景も、何とも言えない…)

下の写真と同じ場所から見ています
下の写真と言うのは…、撮影場所に夕張を中心とした空知が使われた、高倉健さんの昭和52年の映画、
幸福の黄色いハンカチの、あるシーンです!

砂川13

この前のシーンでは、東洋高圧のほぼ正面に以前あった「ドライブインいしかり」の店前が撮影に使われていました。
「夕張には行かない。美唄で車から降ろして」と言う健さんに、
武田鉄矢が「行こうや、夕張」と言うシーンでした。
車のエンジンキーをかけて、12号線を走る(なぜか逆方向に…)時に、ここから撮影したようです。
写真が小さいですが…左側に建ち並んでいるのが、宮川町にあった東洋高圧の社宅群です。

機会があったらぜひこの映画、チェックしてくださいね
明日の「ぷらぷら歌志内」でも行く、「悲別ロマン座」や「上歌第一立坑櫓(住友赤平排気立坑)」なども写っています!

砂川14

豊沼神社跡によってちょっと休憩…
この豊沼神社付近はかつて、とても良い水田地帯であったそうです。

砂川15

現在使われている人道橋は建て替えられたもので、すぐ横にはここにかつてあったんだろうな…とわかる、コンクリ―トの台座のようなものが確認できました。

ちょうど2時間で、豊沼駅へ戻ってきました

豊沼駅やこの周辺は通り過ぎる事はあっても、なかなかゆっくり見る事はないでしょう…。
「ぷらぷらまち歩き」によってわかる発見がいくつもありました。
そして、今回ガイドをする事になり、豊沼や東洋高圧の事を知る機会ともなりました
まだまだ空知は奥が深く、それぞれのまちに様々な歴史がある…!!

DSCN9335 (1024x737)

札幌から、北広島から、千歳から、江別から、夕張から、岩見沢から、赤平から、芦別から、参加して頂いた皆さま、ありがとうございました。
そして、最後の参加者までのお帰りをお見送りして頂いた増山さん、本当に本当にお世話になりました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします
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