そらち★ヤマの記憶だより

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動く「義経号」の映像

2016/04/08 [Fri]21:36
category: 炭鉱の記憶
義経号と言えば…
北海道初の鉄道である、官営幌内鉄道のため、明治13年に技師長ジョセフ・ユー・クロフォードがアメリカで購入して船で小樽港へ運んだ機関車2両のうちの1両!!(もう1両は弁慶号)

義経号は明治14年に、先に開通した札幌まで、開拓使号という客車を含む9両編成の、明治天皇が乗車したお召列車を牽引しました

DSC_0864 (1024x596)
(※北海道鉄道百年史上巻より)

小樽の手宮から三笠の幌内まで全線開通したのは明治15年
旅客の取り扱いのない石炭列車は1日1往復、
普通列車は手宮―札幌間2往復、札幌―幌内間は1往復だったそう。

義経号が活躍していたのですね~

ちなみに…この時岩見沢は休泊所があるのみで、
明治17年にフラッグステーション(簡易停車場)ができました。
そして翌年の明治18年に、新築の28坪の岩見沢停車場が開業とされています。

岩見沢を流れていた2本の川に架けられた双子のトラス式橋梁、郁春別川橋梁幌向川橋梁も、明治17年と明治18年にできたものです。
この鉄橋については、ぜひ、こちらを↓↓
いわみざわシビックプライド探求部


明治、大正にかけて、幌内鉄道で活躍した義経号も役目を終え…

時を経て、義経号は復元されました!!
そして、大阪の交通科学博物館に保存展示されていた昭和55年当時、
「北海道鉄道開通100年記念式典」の際、小樽の交通博物館に義経号が帰って来ました~
その時、義経号が走行した様子を、元炭鉱マンの齊藤さんが映像に記録していました!

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おおぉ~、すごい
短い映像ですが、煙をモクモクあげて走っていますよ!

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前面にあるのは、カウキャッチャーという、一種の排障器が付いていて、牛や馬などが触れた時これをはね飛ばす…というもの。

煙突と砂箱の間には大きな鐘を1個つりさげ、市街通過の際に綱を引いて鳴らし、通行人に警戒を促したそうです。
なにせ初めての機関車ですからね。当時の人々はさぞ驚いた事でしょう~

迫力のある義経号の映像と、汽笛の音、
マネジメントセンターにDVDを寄贈して頂きましたので、
興味のある皆さま、ぜひぜひ、見にいらしてくださいね


尚…、この義経号は、大阪の交通科学博物館へ戻り、博物館が閉館となった後は京都の梅小路蒸気機関車館で展示され、ここも閉館した後、
この春、まもなくオープンする京都鉄道博物館で展示されるようです
ここ、なんだかすごい鉄道博物館のよう…!!
関西方面へおでかけの方、ぜひ行ってみてはいかがでしょうか??
京都鉄道博物館HP
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