そらち★ヤマの記憶だより

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「北のOLD American」

2017/01/07 [Sat]20:13
category: 炭鉱の記憶
石炭を積んだ貨車を牽引していた機関車
まっ黒な煙を空高くあげて走って行く…
かつて空知では、どのマチでも見る光景でしたね

北海道初の鉄道である幌内鉄道は、義経号、弁慶号、などと愛称のついた、ポーター社のアメリカ製の機関車でした
他にも、ボールドウィン社など、アメリカ製の機関車は北海道で多く使われていました。

英国製の機関車はメーカー別の違いがあまりないのに対し、
アメリカ製の機関車は、メーカー別に特徴やデザインに違いがあって、面白いそうですよ!!

そんな、アメリカ製の機関車の写真集、
北のオールドアメリカン」
北海道に残された米国製機関車を追って
が、昨年発刊されました~

DSCN2404 (1024x745)

1950年代になるとアメリカ製の蒸気機関車は国鉄から消えていきましたが、
北海道の私鉄や専用線では30輌余りが現役だったそう


こちらは、夕張の真谷地↓↓

DSCN2407 (1024x707)

北炭真谷地専用線では、北炭マークをつけたボールドウィン社の8100が1966年まで活躍していました。
真谷地で使われていた8100の1機は、万字線の美流渡にあった北星炭鉱の専用線に移り、閉山まで使われていたそうです!

他に8100は、日曹炭鉱天塩、羽幌炭鉱、三菱茶志内大夕張鉄道などで使われていたそう。


こちらは、三菱マーク…↓↓

DSCN2410 (1024x760)

三菱芦別鉱業所の選炭場と製品ポケット(ホッパー)。
機関車は大夕張鉄道から芦別専用鉄道へ移動し、使われていた9200型。

DSCN2415 (1024x743)

こちらの写真には、機関車の後ろに油谷炭鉱のズリ山が…。

気付けばなんとこの写真集は、
三菱上芦別ヤード、
空知川鉄橋、
分岐点 辺渓、
炭鉱の通勤列車、
善さんのこと(給水、砂の補給などの作業を行ったひとで、この地域で知らない人はいなかったそう)
などの項目があり‥
約半分が芦別のページでした
※芦別の関係の方は必見です

この写真集、北のオールドアメリカン」
北海道に残された米国製機関車を追っては、
マネジメントセンター閲覧コーナーにありますので、ご来館時にどうぞご覧くださいませ

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この記事に対するコメント

Re: 9200形
ooyubari9201さま
とても詳しくわかりやすいコメントありがとうございます!

それぞれの9200形が、譲渡などを経て各地で活躍していたのですね。
このような歴史をたどるのも面白いですね…!!

【2017/01/11 11:43】
URL | NPO炭鉱の記憶推進事業団 #- [ 編集 ]

9200形
9201(1927年) - 大夕張炭礦専用鉄道(後の三菱鉱業大夕張鉄道)(1928年譲受) → 三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道(1963年1月譲渡・1964年廃車)
9217(1927年) - 美唄鉄道 → 三菱茶志内炭礦専用鉄道(1952年転入・1967年廃車 1941年~1947年 №4の代替機として大夕張鉄道貸与)
大夕張・茶志内は9200形です。
道内の私鉄・専用線に払い下げられた9200形は下記の通りです。

9233(1927年) - 美唄鉄道 → 大夕張炭礦専用鉄道(1929年~1938年大夕張炭礦専用鉄道貸与) → 釧路埠頭倉庫専用線(1949年10月譲渡) → 雄別炭礦鉄道(1951年移管・1958年廃車)
9237(1928年) - 美唄鉄道 → 大夕張炭礦専用鉄道(三菱鉱業大夕張鉄道)(1929年5月転入) → 三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道(1962年9月譲渡・1964年廃車)
9224(1949年) - 釧路埠頭倉庫専用線 → 雄別炭礦鉄道(1951年移管・1952年廃車)

【2017/01/08 19:02】
URL | ooyubari9201 #mQop/nM. [ 編集 ]


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