そらち★ヤマの記憶だより

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昔は石炭窯で作っていた「こぶ志焼き」

2017/01/22 [Sun]16:28
category: 炭鉱の記憶
先日の休日、市内のこぶ志窯さんへ行ってきました
昨年5月の陶芸体験がとても楽しかったので、
センターの常連さんをお誘いし、再挑戦してきましたよ~


教えてくださるのは…もうお馴染み、三代目の山岡千秋先生

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前回同様、見本を見せてくれながら、粘土の形をするすると変えていく山岡さん。
その鮮やかな手つきに目が離せませんでした…

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参加したみなさんは、とっくり、さんま用の皿、刺身皿、
私はコーヒーカップ(大容量)と、思い思いのものを作りました♪

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こちらは、とっくり 難しそうな首のところは、山岡さんが助けてくれます!


今回も、体験は成形まで。
乾燥・素焼き・釉薬掛け・本焼きはこぶ志窯さんで行ってくれ、
完成品を見られるのは少し先になります…


さて、タイトルにもなっている、「石炭窯」について、
山岡さんが、二代目・憬(さとり)さんに聞いた話を、色々教えてくださいました。
こぶ志焼きは、現在はガス窯と電気窯を使用して作られていますが、
昭和21年に初代・三秋さんが創窯した当時は、薪や石炭窯が使用されたそうです

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工房と隣接の「こぶ志陶芸館」2階で、こういった写真も見られます!

石炭窯には、三笠 奔別の『特塊』という石炭が使われていたそう
窯の中に「クリンカ」という燃え残りができると、窯の空気穴が詰り酸素供給が断たれてしまうため、
燃え残りのない奔別炭が採用されたのだそうです。

石炭窯は昭和51年まで使われ、その後はガス窯に切り替えられました。
時代的に、石炭から出る煤煙などが、問題視されるようになったためや、
良い石炭が手に入らなくなったためではないかと、山岡さんは仰っていました。
(住友奔別炭鉱は昭和46年に閉山しています。)

また、その他の産炭地に、窯に使えるカロリーの高い石炭を求めたこともあるそう。
羽幌などは、石炭のカロリーが低く窯には使用できなかったかわりに、
同じくその地下に眠る粘土は、とても良い質のものが採れたのだそうです

現在まで続く、岩見沢の伝統工芸品「こぶ志焼き」の歴史の中にも、
炭鉱の歴史が交差している部分があるんですね。

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山岡先生、作陶のご指導だけでなく、興味深いお話も聞かせていただき、ありがとうございました
作品の完成、とっても楽しみにしています~
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