そらち★ヤマの記憶だより

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ぷらぷら万字のご報告!

2017/10/07 [Sat]15:09
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
10/1(日)は、万字をぷらぷらしてきました

万字炭鉱が閉山して41年。
現在の万字には炭鉱関係施設や賑わいをみせていた商店街の建物とか、歴史的な建造物がほとんど残っていません…。
そんな万字のまちを歩くぷらぷら企画に、どれだけの参加者があるかな…
と、思っていたら、47名もの参加者がありました
万字には、人々の心を引きつける何か、がありそうです…!!

ご案内役の溝口雅明さんが、とても詳しく当日の様子を書いてくださいました
文章、写真、そのまま転載させて頂きたいと思います。
参加できなかった方も、万字を歩いた気分になれますよ~


■イベント名  ぷらぷら歩き 万字・万字炭山
テーマ「閉山41年目、懐かしの万字・万字炭山~限界集落の今と昔」
■日 時  2017年10月1日 日曜日。13時スタート、2時間行程。
■集 合  万字仲町簡易郵便局前広場(旧 国鉄万字駅舎)。
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ぷらぷら歩き 万字・万字炭山 報告--1
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快晴の秋ばれに恵まれ、楽しく語らい、町の歴史と今を勉強しました。
参加者数・・・なんと47人。

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万字地区人口は50人を割っているので、ほぼ街の人口と同数の人たちが全道各地から車で集まり、街を2時間散策しました。

NPOそらたん事務局長の北口博美さんが手伝いに来てくれました。名簿カードやスタンプカードが足りなくなることを心配するほど、予想外の参加者の多さでした。
事前打ち合わせでは、「他地区のぷらぷら実績でも、7-8人か、多くても20名以内です」とのことだったのですが、なぜか、2014年10月の第1回万字ぷらぷらも60名以上集まりました。なんでこんなにたくさん来てくれるんでしょうね。

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私が12:30に集合場所の万字仲町郵便局前広場に行ったら、すでに10台以上の車が。
13:00が近くなるにつれて、車も人もどんどん増える一方でした。広場が狭くなってきたので、急遽呼びかけて、車を少しずつ前側に移動してもらい、スペースを空けました。それでも停まれない車は、道路の両脇の路肩に停めてもらいました。

まさか、この広場の駐車場が満杯になるとは思いもよりませんでした。
私が用意した「地図と行程表、年表」(B4表裏)は、50枚しかなかったので、連れのいる参加者にはグループに1枚でお願いして配布しました。20枚の用意じゃなくて50枚で良かったと思いました。

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13:05には、主催者の北口さんの挨拶とガイドの溝口の挨拶でスタート。私は、口の達者な「グチグチコンビで頑張りましょうね」と北口さんに言ったら、彼女は「それよりは、グッチーズのほうが恰好いいでしょう」ということになりました。

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1914年(大正3年)の万字線の開通と市街地の形成、発展などについて説明。
歩きながら、高崎商店(呉服、洋品)の跡地を写真で説明。
溝口商店(現、ジン鍋博物館)で、女性と子供のためのトイレタイムを15分ほど取りました。

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万字八幡神社、教員住宅、万字診療所跡などを説明。
曙橋の前で、万字線の路線と道路の交差している「旧踏切」「見張りの坂」の場所と昔の現場写真を見てもらい、坂を下って曙町へ。
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栗沢町役場万字支所の建物を補修・改修して2年前に札幌から移住してきたA山夫妻の住居前を通り、曙町市街地を抜けて、万字炭山駅へ。
コンクリートや石造りの建物が少しだけ残っています。

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万字炭山駅舎は、2012-2013年の大雪の時に屋根が落ちてしまい、危険なので持ち主が解体撤去してしまい、コンクリの土台跡だけ残っています。

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往時の姿を写真パネルで見てもらいました。

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選炭場、ホッパー跡、ズリ山公園の説明をして、駅前の「聖橋」を渡り、急な坂道を60メートルほど上がって、寿町へ。

ここは、炭住長屋を改装して住んでいる人もまだ残っていて、いくつかの長屋が昔の外観のまま残っている地区です。
小学校、中学校、ポンネの湯の鉱泉引き込み小屋の説明をして、3代目英橋の手前まで進みました。
道道38号線なので、休日の好天で万字にしては結構な交通量ががあり、「車が通ります---、気を付けてください」の声を何度もかけました。

<つづく>
※写真提供 参加者の溝口春美さん(札幌市)。感謝。

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ぷらぷら歩き 万字・万字炭山 報告 --2
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【佐々木昌美さん(90歳)のお話】
3代目英橋の手前の家に、グッチーズの北口さんが駆け込んで、体格の良いご老人を我々散策隊の前に連れてきてくれました。

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佐々木昌美さんです。年齢90歳(たぶん、亡くなった私の叔父と同級生といっていたので)。万字生まれ万字育ち。41年前の1976年、万字炭鉱閉山時の労働組合書記長だった方です。万字炭鉱の歴史を誰よりも知っている古老です。

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寿(ことぶき)町、英(はなぶさ)町の昔の様子・盆踊りの派手さを他の炭鉱町と競った話、初代英橋(1921年、吊り橋)、2代目英橋(1937年、北炭の資材を使ったコンクリート橋。3代目の眼下にまだ残っています)、そして3代目英橋(1969年、道道38号線として竣工)の思い出などをしっかりした口調で語ってくれました。記憶力も素晴らしい。

2016年9月22日には、NPOそらたんの「閉山40年 万字炭鉱写真展」で講演もしてくれて、面白い話がたくさんありました。佐々木さん、ありがとうございました。いつまでも健康でいてください。次の「ぷらぷら」の時にも力を貸していただきたいと思います。

【英橋の不思議な光景】
英橋からは不思議な光景が見られます。
ポンネベツ川の深い谷間に掛かっているのですが、2代目の橋が壊されずにまだ残っているのです。
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中型トラック一台がやっと通れる道幅で、通行路面には草や木が好き勝手に生えています。しかし、コンクリートの橋脚はしっかりとそれを支えて、沢にそびえたっています。

1937年の完成から80年、放置されてから48年。3代目英橋の上から見る光景も不思議なのですが、沢に降りて真下から2代目・3代目を同時に仰ぎ見ると、それはもう言葉を失う風景です。

今年61歳の私が、中学1年生の時に3代目が竣工したので、その当時も中学校の行き帰りに下から仰ぎ見ていましたが、草や木が高く繁ってからの数十年後の風景はまったく違った世界に見えます。

参加者の皆さんも欄干の右側(沢の下流)、左側(上流)とポイントを変えて、写真を撮っている方が多く見られました。
5月の炭山祭り(11-12-13日)の頃には沢いっぱいに山桜が咲き、10月中下旬には綺麗に紅葉します。
季節の良いときに、是非また訪ねてみてください。

【万字会館跡、山神社】
英橋を渡ると左側には映画や演劇・歌謡ショーなどの掛かった「万字会館」(400席ほどありました)の跡地、右側には「炭鉱病院」の跡地。ともに写真での説明です。

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さらに進むと、道道38号線の左側に「山神社」の小さなお社があります。閉山前は中学校横の埋め立てた沢の小高い山腹に在ったのですが、維持管理が難しくなり、2000年を過ぎてから炭住長屋の跡地に移転されました。

炭山地区には炭住街の「炭山神社」と坑口にある「坑口神社」、そして万字市街地区(商業・農業・林業など炭鉱従事者以外の人々)には「万字八幡神社」と3つの神社がありました。

【英公園跡、万字交通センター】
さらに100メートルほど行くと万字交通センター(市役所連絡所、出張診療所)、コミュニティーセンター(公民館)などがある広場です。閉山前は、「英公園」という大きな広場があって、盆踊りや祭りの出店、子どもたちの遊び場になっていた場所です。

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万字交通センター横には、去年までは「万字炭山駅之碑」が置かれていました。本当の駅はこの場所ではないのですが、多くの人が「碑」を見られるようにと設置されていた石碑です。今年の春に来たら、この石碑がまるごと無くなっていたと関係者から聞きました。今も行方不明です。知っている人がいたら、教えて下さい。返してください。

万字交通センターで、2度目のトイレ休憩をしたところで、時計は14時40分くらい。
睦(むつみ)町、巴(ともえ)町、大平(おおだいら、農業地区)町の説明は口頭で簡略して、曙(あけぼの)橋を渡って、万字市街地へ戻りました。

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<つづく>
※写真提供 参加者の溝口春美さん(札幌市)、NPOそらたん 北口さん。感謝。


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ぷらぷら歩き 万字・万字炭山 報告 --3
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【住民の悲願・曙橋、冬の風物詩】
曙橋は閉山して10年後の1986年に完成しました。この橋は地区住民の悲願の橋でした。
この橋が完成することによって、万字市街地(仲町、幸町)に、路線バスが入れるようになったからです。
そして、万字橋(1973年)と合わせて、幌向川の深い渓谷を挟んだ炭山地区と万字市街地がぐるりと環状式につながることができました。

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曙橋の上からは、冬の風物詩だった「沈炭(粉炭)採り」の川止めの話をしました。
「沈炭(粉炭)採り」というのは、上流の選炭場から流れて来る「黒い川」は、粉末状の石炭が混じっているため黒いのですが、曙橋の下あたりまで来ると流れも少し緩くなり、冬期間は水量も減るので、川の流れを石積みや板囲いでせき止めて、粉末の石炭を川底に沈下させます。それをスコップで拾い上げて、雪の上で寒風乾燥させれば、燃料として使える「沈炭(粉炭)」となります。

炭鉱社員・鉱員は会社から無料で暖房用石炭が支給されますが、曙地区や万字市街地の経済的な困窮層は、お金を出さねば石炭は買えないので、川で無料の「沈炭(粉炭)採り」をしていたわけです。

万字炭鉱の石炭は「原料炭」なので粘り気が強く、着火しにくいのですが燃えると高温になりすぎるため、火力調整のために「沈炭(粉炭)」を混ぜて使っている家庭もありました。リヤカー1台分で「〇〇円」と値段を付けて売り歩く人もいました。溝口商店でも時々買うことがありました。

【解散、お土産、卍の人文字】

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※北海道150年事業の一環として「卍」の人文字を作りました!!

曙橋を渡って万字市街地へ戻り、ジン鍋博物館(溝口商店)前で最後の挨拶をして、みんなで記念写真を撮り、いったん解散。
「萬念寺のお菊人形」拝観グループはまとまってそちらに移動。

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ジン鍋博物館見学者はそこに残ってもらいました。

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そうそう、私から参加者の皆さんに「スペシャルお土産」を用意していたのです。
万字炭鉱で掘られた「石炭」です。12年前に解体した古い木造物置に残っていた1トンくらいの石炭があり、それを希望者に差し上げました。レジ袋を15枚ほど用意していたのですが、すぐに足りなくなり、追加のポリ袋を出しました。

正真正銘「万字炭鉱の石炭」です。袋に各自、ひとかけらずつ取ってもらいました。喜んでいただけたようです。
まだまだ、たくさん野積みしてあるので、この先、何度でもお土産に使えそうです。

【ジン鍋博物館臨時開館】
ジン鍋博物館には20名ほどが見学に残り、館長の私から概要を説明をしました。
夕張からお越しのT丸さんが、2度目のジン鍋寄贈をしてくれました。

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長方形で真ん中がかまぼこ状に盛り上がったジン鍋です。鍋2枚と専用の業務用ガスコンロ1台を寄贈頂きました。後ほど「新着鍋」で紹介します。
ありがとうございました。

鍋を見てると自然に「ジンギスカン談義」が始まります。実に面白い光景です。

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「11月11日には、開館1周年記念の持ち寄りジンパを開催するので、是非、ご参加ください」とA4のチラシを皆さんに配布しました。
これにも関心を持っていただけた様子です。

【どっと疲れが・・・】
見学者も散会し、萬念寺引率から戻ってきたNPOの北口さんとの最後の打ち合わせを終えたのが、16時20分ごろ。
本日のグッチーズを解散して、北口さんを見送ったら、どっと疲れが出ました。

博物館の居間のソファーで20分ほど、目をつぶって横になっていました。
それから熱い紅茶を一杯飲んで、片づけをして、博物館を閉めて、江別への帰途につきました。

<つづく>
※写真提供 参加者の溝口春美さん(札幌市)、NPOそらたん 北口さん。感謝。

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ぷらぷら歩き 万字・万字炭山 報告 --4
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【今後に向けて】
2014年10月5日の「第1回ぷらぷら歩き 万字・万字炭山」を実施した時と比べると、この3年間で地区人口は20人ほど減りました。現在は50人を切っているそうです。

高齢の方が亡くなったのと、山里での生活が困難になって町への転居、施設入居などです。
「限界集落」の次は、「消滅集落」というらしいのですが、万字・万字炭山は消滅しません。
人々の記憶と記録に残していきます。

2014年10月5日「第1回ぷらぷら歩き 万字・万字炭山」
2017年10月1日「第2回ぷらぷら歩き 万字・万字炭山」

さて、次は何時になりますか?

ぷらぷら万字・万字炭山ガイド
溝口雅明  (NPO会員、ジン鍋博物館館長、北星学園短大部教授)

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ぷらぷら歩き 万字・万字炭山 報告 --番外編
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写真は、「NPO 2017ぷらぷらまち歩き 参加カード」です。

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今年は、全部で15プログラムが用意されています。
各会場でスタンプを押してもらい、5個以上の参加で回数に応じてプレゼントをくれるということ。

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ぷらぷら万字・万字炭山では、「ジン鍋博物館」の正式印鑑を押させていただきました。ジン鍋の図案も入れてもらいました。
日章堂印房活版印刷(札幌市西区) 店主 酒井博史さんの
手彫りです。
酒井さんは、レトロスペース・坂会館を力強く支援するボランティアスタッフの一人です。素晴らしい職人さんであり、ミュージシャンでもあります。




参加者から、「万字にゆかりがないけれど、懐かしさを感じた」「住んでいたまちの風景を思い出した」「人口が減ったまちではあるけれどなぜか寂しさは感じなかった」などと感想をお聞きしました。

万字のまちが「心のふるさと」に思えたのかも…。

溝口さん、
ご案内、本当にありがとうございました…!!
ぜひぜひまた…(来年はお休みにしてもいいです💦)
どうぞよろしくお願い致します
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