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そらち★ヤマの記憶だより

あなたの知らない空知の情報をお届けします!

10月13日(土)、砂川の空知太/ぷらぷら報告♪

2018/10/18 [Thu]18:20
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
先日の「ぷらぷら砂川」
「ぷらぷら砂川」だけど集合場所は滝川公園で、行く場所は空知太

そて、どんなまち歩きになってのでしょう~
案内役の石川さんからとっても詳しいレポートが届きましたので紹介します!!


空知太ってどこ?

空知太は、松浦武四郎やライマンなどが探検をした際、キャンプ地とした石狩川と空知川の分岐する要所でした。
また、明治26年から明治31年まで、日本最北の鉄道駅でもありました。


水郷滝川公園

出発点は水郷といわれた名所、滝川公園です。
砂川市空知太にありながら、維持管理は滝川市という不思議な公園です。

公園は明治期まで空知川が蛇行していた跡(三日月湖)で、大正2年に開園し、かつては近隣の産炭地からも多くの人が訪れていたそうです。
その当時をご存じの方々からは、デートに来たり、手こぎボートに乗ったり、とても賑わっていたお話が紹介されました。
しかし、今は人もまばらで散策路も草で緑一色、最小限の維持管理をしている感じでした。
それでも配置された木々や水辺の景色は水郷と言われた風格を感じます。
(もうすぐ紅葉がきれいだと思います

1.jpg

公園内には国木田独歩と石川啄木の碑があります。
空知太駅に降り立ち、砂川から歌志内を経て赤平に入った独歩のことや、空知太の鉄橋を渡った時を詠んだ啄木のことを説明しました。
ただし、2人ともここには来ていないのですよとも。


北海幹線用水路を経て北泉岳寺

続いて公園の隣を流れる北海幹線用水路へ。

用水路は公園より高い所をトンネルで抜けているので、斜面を登りトンネル口を見ました。
空知の農業を支える水の大動脈ですが、実際に流れている場所やトンネルがあることも知られていないようです。

用水路の話をしながら、すぐ近くの北泉岳寺へ。
当地でお寺を開いた初代の住職が熱烈な赤穂浪士の崇拝者で、2代目住職の昭和28年に「泉岳寺」を名乗れるようになり、毎年冬に執り行う義士祭も有名です。
境内には四十七士の墓碑が並んでおり、大石内蔵助と息子主税の碑には屋根もかけてありました。北泉岳寺がここにあるのは、隣に空知太墓地があることにも関係しています。

空知太墓地は、上川道路開鑿時に多くの囚人が亡くなったことを見た三浦米蔵(空知太で渡し船や駅前で三浦屋を営んでいた)が土地を借り上げて設けた、この一帯で最初の墓地です。
これも空知太の大事な歴史ですねと、墓地の南側にある無縁物故者の慰霊碑を訪ねました。
おや、この墓地も管理は滝川市なのですね。


旧駅前通

丘陵地の墓地からゆるゆると国道に下った辺りの用水路は、一直線の国道より西側にあります。
用水路が国道西側を流れるのはここと美唄のわずかな区間のみです。
用水路より低い空知太西地区の住宅地の先に進むと、旧空知太駅から上川道路(現国道)を結ぶ旧駅前通に出ます。

2.jpg

その角には、大きな住友のマークを付けた2棟のブロック造り倉庫がありました。
現在は日通の倉庫になっていますが、シャッター横の木の表札には橋本伴三商店第参号倉庫とあります。
住友マークを見ながら、赤平(住友の炭鉱があった)と関係があるのかな?などと話が膨らみました(参加者の皆さんもお詳しい:笑)。


空知太神社上川道路開鑿記念碑
3.jpg

旧駅前通と国道の交差点の一帯は、交通の要衝だった場所。
それゆえ、空知太小学校があったり、小さな空知太神社があります。
神社は物置のような小さな社殿と鳥居のみしかなく、その周りにはロープが巡らされていました。
6年前に結審した政教分離の裁判の影響なのでしょうか?

4.jpg

同じ場所には、上川道路開鑿記念碑や開拓之碑もあります。
上川道路の碑の形は、野幌の百年記念塔に似ているなぁと思ったら、ほぼ同時期の建造ですと。これにも上川道路が囚人の厳しい労役でできたことが記されていました。


滝川公園の正門発見

国道から滝川公園に戻ると、道道のすぐ下に石組みの門柱を発見。
左の門柱には滝川公園、右には水郷と、達筆な扁額がついています。
今は国道バイパスがすぐ上を通っていますが、その昔は広々とした公園の風格ある入口だった様子がうかがえます。

5.jpg


最後まで新たな発見続きで、これまで知らない空知太を巡ることができました。

6.jpg


オマケ:終了後の空知太駅跡
元の駅の場所は、現在の鉄橋が始まる辺りのようです。
写真を撮っている場所の史跡の碑には南空知太駅跡とありますが、南は誤りで、側面には黒いシールが貼ってありました。



予想以上に見どころがたくさんある空知太!!
炭鉱跡地の歩きではありませんが、どっぷり歴史に浸かれたのではないでしょうか…
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