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そらち★ヤマの記憶だより

あなたの知らない空知の情報をお届けします!

心から、ありがとうございました‥。

2019/12/22 [Sun]11:40
category: 炭鉄港−北の近代三都物語
本日は「炭鉄港」のスタートから小樽の中心人物としてご尽力された、小川原格さん(籔半社長、小樽観光協会相談役)への、追悼記事とさせていただきます

「炭鉄港」の取組が始まったのは2010年のこと。
空知の石炭だけでは北海道の発展はなかった…のと同様に、空知だけでは「炭鉄港」が日本遺産になるまでに進んでいなかった…。
小樽と室蘭、そして薩摩藩が北海道開拓に関わっている、そんな歴史的な深いストーリーがあって、各地で「炭鉄港」をやろう!!と言ってくれたひとが、少しずつ、確実に増えていったから…。

小樽で「炭鉄港」のスタートから関わってくれた小川原さんが、12月15日に膵臓癌のためお亡くなりになりました。
小川原さんが小樽にいなかったら、「炭鉄港」がこのような形になっていませんでした。
とても偉大な方でした。そして、誰にでも、とても優しい方でした。


これまでに様々な場面がありました。

20111105産業観光WS
2011年 産業観光フォーラム 炭鉄港ー北の近代三都物語ー
札幌ファクトリーで、室蘭の青山市長、小川原さん、吉岡理事長と3名の鼎談。
空知のひとは室蘭へ、室蘭のひとは小樽へ、小樽のひとは空知へ、3台のバスを貸し切り、それぞれの地域の施設見学をした後、札幌へ集合してのフォーラムでした。小川原さんも空知の炭鉱遺産を見て、「すごい!!」と言ってくれてました。

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2013年 大ぷらぷら小樽 この年ラストは小樽でぷらぷらまち歩き
北海製罐見学コース、運河クルーズコース、ちょっと濃いめの小樽コースの3コースを用意し、小樽運河の保存活動の中心メンバーでもあった小川原さんが直々に、北海製罐見学コースで運河沿いをガイドしてくれました。

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2013年 炭鉄港2013 北の近代三都物語フィナーレミニフォーラム 小樽運河プラザ
小樽は小川原さん、室蘭は仲嶋さん、空知は吉岡理事長。それぞれが地域の特色を説明し、「炭鉄港」に対する考え方をお話してくださいました。

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2015年 産炭地域活性化フォーラム 岩見沢駅複合駅舎センターホール
鹿児島から島津社長もいらっしゃった「空知の炭鉱遺産を始めとする北海道の産業遺産の可能性探る」情報交換会。
岩見沢駅舎とレールセンターの見学会もありました。

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2015年 鹿児島観光まちづくりフォーラム
これとは逆に、小川原さんと吉岡理事長が鹿児島に押しかけて、鹿児島と北海道の繋がりをアピールしたこともあります。

20161213炭鉄港検討会
2016年 炭鉄港検討会を札幌で
熱い会議が終わった後も、美味しいお酒と一緒に親睦会でまだ続く‥。

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2017年 「日本遺産の認定に向けて」小樽で約140名もの方が参加されたシンポジウム
参加者の多くが地元、小樽市民の方という事で、大変盛り上がった会でした。
終了後には関係者で籔半へ行き、いつものように懇親会。
小川原さんの掛け声で「日本遺産登録を目指して頑張ろう~!オー!!」。
これはホントに日本遺産になるのかも‥と感じた日でした。

20171105NPO10周年
2017年 岩見沢のホテルサンプラザで「NPO炭鉱の記憶推進事業団、設立10周年祝賀会」
小川原さんからあたたかいお祝いの言葉と、乾杯のご発声を‥。

2018713炭鉱の記憶会議
2018年 炭鉄港推進協議会 岩見沢有明コミュニティホール
「炭鉄港」がここまでになるとは‥。
そうしみじみ語っていた小川原さん。 

2019年5月
小川原さんのFacebookには、「炭鉄港」が日本遺産認定になった事を喜ぶ投稿やコメントがいくつもあがってました。
「さぁ、これからだ!」「これからはじまる地域広域連携!」

たくさんの思い出はつきません ‥本当に‥ありがとうございました。 
NPO関係者一同、ご生前のご尽力に深く感謝するとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。
 (事務局長 北口)
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